4. 病院経営をめぐる日米の共通性

公的保険の『過少支払い』問題

 アメリカ病院協会(AHA: American Hospital Association)は、全米最大の医療業界団体で、約5,000の病院、医療システム、ネットワーク、その他の医療提供者、および4万3,000名の個人会員で構成されています。特に、医療政策の立案、立法や規制の論議、司法問題における会員の権利擁護を目的に、ロビー活動を行っています。

 同協会は『ケアのコスト』という年次レポートをリリースしています。最新版は2024年5月付で、内容は2023年の振り返りとなっています。タイトルは『アメリカの病院と医療システムは、患者と地域社会のケアを行う中で、増大する運営コストと経済的圧力に直面し続けている』です。 レポートでは、公的医療保険による『過少支払い』の累積額に言及しており、2018年~2020年は5,220億ドル(約78兆3,000億円)となっています。さらに、2022年には、病院が患者のケアに費やしたコスト1ドルあたり、『メディケア』は82セントしか支払っておらず、約1,000億ドルの不足が生じています。

先進技術がもたらす医療の高額化

 同協会はまた、病院の収支を逼迫させる要因として、先進技術がもたらす機器や装置、材料費の市場価格の上昇に触れています。たとえば、関節炎などの症状を持つ患者の治療に用いる人工関節、腹腔鏡手術に用いるロボット手術装置、臨床診断に用いる高度な画像診断装置などです。

 こうした品目の多くには、多額の初期費用がかかります。さらに継続的なメンテナンス、アップグレード、スタッフのトレーニングにかかる追加費用なども、病院が負担しなければなりません。技術が進歩するにつれてコストが上昇し、その増加分を保険の償還でまかなえない場合、病院の負担は増える一方でしょう。 もちろん、医療技術の進化は非常に素晴らしいことです。しかし、そのために診療費が高額化し、ともすると、医療が「贅沢なもの」になっているとしたら、どうでしょうか。そして、それが医療の持続可能性に影響を与えている可能性はないのでしょうか。

組み合わせ保険という考え方

 『混合診療』という言葉を聞いたことはありますか? これは、医療機関が保険診療と自由診療(=保険外診療)を組み合わせて医療サービスを提供することで、日本では原則として禁止されています。

 一方、アメリカでは、公的保険と民間保険を組み合わせて医療サービスを受けることが一般的です。『メディケア』は基本的な医療サービスをカバーしますが、すべての費用を補償するわけではありません。そのため、多くの人が追加の民間保険に加入して、『メディケア』がカバーしない部分を補っています。『メディケイド』も同様で、民間保険と併用することがあります。また、メディケイドとメディケアの両方に加入している場合もあり、これは『デュアル・エレジブル(Dual Eligible:二重資格者)』と呼ばれています。

データ出典

執筆者プロフィール 伊藤 ゆみ データコンサルティング部部長、データサイエンティスト。統計学、社会調査法、多変量解析、機械学習、自然言語処理を専門とし、情報処理分野において30年以上にわたり実務に携わる。広告業界でキャリアをスタートし、総合広告代理店、大学研究機関、金融機関、大手SIer、テレビ放送会社を経て、2024年4月より現職。データ分析、AI導入支援、DX推進に関するコンサルティングに従事。東京都出身。