米国における病院料金の実状
アメリカの医療費が高額であることは、よく知られています。しかし、高額であるだけでなく、価格のばらつきが著しいことも問題視されているのです。
具体的に言うと、同じ疾患で同じ処置を受ける場合でも、病院間で料金が異なるだけでなく、同じ病院内でも患者によって料金が異なります。これは、患者ごとに保険会社や保険プランが異なり、それぞれ保険会社と病院との間で価格交渉が行われるためです。その結果、患者間でかなりの差が生じることになります。つまり、料金がまちまちで、全体として不透明な状況にあることが問題なのです。
そこで、『病院価格透明性規則』では、病院に対して3種類の価格表の公開を義務づけています。まず、病院と保険会社との間で取り交わされた交渉料金のリスト、次に、保険外で個人に適用される割引現金価格、そして病院が提供する全品目・全サービスの総合料金表です。
しかし、たとえ料金表が公開されても、料金のばらつきが大きいという状況は変わりません。依然として、患者が病院や保険会社に問い合わせ、見積書を取り寄せるという従来の慣行が続いています。
ところで、アメリカの医療費は高額だと言われていますが、日本の医療費と比べてどれくらい高額なのでしょうか。そこで、アメリカの各病院が「病院価格透明性規則」に準拠して公開している料金表からデータをサンプリングしました。各病院のDRGコード別の平均金額をまとめた表の一部を、以下に示します。
表1 主なDPC名称と類似するDRGの対照表

表2 米国10病院のDRGごとの標準請求額(万円)

表3 DRGごとの標準請求額の基本統計量と類似DPC(万円)

ご覧のとおり、病院間でかなりばらつきがあるため、アメリカの病院の標準料金を見定めるのは容易ではありません。そこで、今回は「病床数」を基準に代表値を求めることにしました。なぜなら、病床数の多い大病院では、比例して症例数も多く、平均値が外れ値などの影響を受けにくいためです。
対象4症例で日米の請求額を比較
ここでは、特に4つの症例・術式に注目しました。まず、一般に患者数の多い「胃がんの手術(胃切除術)」が挙げられます。また、先進医療として「前立腺がんのロボット手術」と「カテーテルによる心臓弁の置換手術」は、近年普及が進んでいるものです。さらに、やや身近な手術として、「虫垂炎の切除(いわゆる盲腸炎)」を加えました。
アメリカの病院の料金データについては、サウスカロライナ州チャールストンに位置する『MUSCメディカルセンター』(865床)の公開データを採用しました。サウスカロライナ医科大学に属する大学病院で、州内唯一の総合的な大学医療システムです。一方、日本側のデータは、『独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター』(605床)よりご提供いただきました。いずれも、地域医療ネットワークの中核を担う大病院です。
表4 対象4症例・術式の推定標準金額 日米比較
※単位:円、()内は米ドル ※1ドル=145円換算 ※比率:米国は日本の何倍か

まず、全体的にアメリカのほうが日本を大きく上回っています。とりわけ、虫垂切除術(盲腸炎)や胃切除術(胃がん)といった一般的な外科手術では、前者が6.8倍、後者が2.9倍と大きな差が見られます。これに対し、前立腺のロボット手術や経カテーテル手術(TAVI)といった先進医療では、およそ2倍程度の開きとなっています。
具体的な金額の差でみると、一般的な手術では、アメリカが日本を約500万円~560万円上回っています。また、経カテーテル手術(TAVI)では1,000万円以上もの大差が見られる一方で、前立腺のロボット支援手術では160万円程度となっており、いずれも先進医療ではあるものの、その差異が際立っています。
手術に使用される材料費などは、日本では米国からの輸入品が多いことを考慮すると、必然的に日本の方がやや割高になることは否めません。とはいえ、これほどの大きな差となると、その主たる要因は日米間での「人件費の算出方法」の違いによるものと考えるのが自然ではないでしょうか。なお、ロボット支援手術は、ロボットを操作する術者の人数が原則として1名に限られるため、手術1回あたりの人件費が抑えられる可能性も考えられます。
なお、アメリカでは医療システムがビジネスとして運営されており、価格設定は病院の自由裁量に委ねられていますが、病院間の競争により、価格の極端な高騰は抑制される可能性があります。また、先進医療機器は特定メーカーによる寡占状態にあり、たとえばロボット手術では「ダ・ヴィンチ」が主に使用されています。要するに、材料費の標準化が進むことで、病院間で価格が横並びになる圧力が働いているという見方もあります。
データ出典
- MUSC Health(MUSCヘルス): https://muschealth.org/
- 独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター:https://osaka.hosp.go.jp/index.html
- Da Vinci by Intuitive | INTUITIVE(ダヴィンチ|インテュィティブサージカル):https://www.intuitive.com/ja-jp/products-and-services/da-vinci
執筆者プロフィール 伊藤 ゆみ データコンサルティング部部長、データサイエンティスト。統計学、社会調査法、多変量解析、機械学習、自然言語処理を専門とし、情報処理分野において30年以上にわたり実務に携わる。広告業界でキャリアをスタートし、総合広告代理店、大学研究機関、金融機関、大手SIer、テレビ放送会社を経て、2024年4月より現職。データ分析、AI導入支援、DX推進に関するコンサルティングに従事。東京都出身。
